マグミクス | manga * anime * game

『SPY×FAMILY』舞台のモデル「東ドイツ」とは? ヨルが偽装結婚を申し出たのもおかしくない

密告による監視社会となった東ドイツ

TVアニメ『SPY×FAMILY』第9話より、「秘密警察」と呼ばれる国家保安局に所属するヨルの弟・ユーリ (C)遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会
TVアニメ『SPY×FAMILY』第9話より、「秘密警察」と呼ばれる国家保安局に所属するヨルの弟・ユーリ (C)遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

『SPY×FAMILY』ではかつてはひとつだった国が、戦争により西国(ウェスタリス)と東国(オスタニア)に分裂していることが明かされています。主人公のロイド・フォージャーは西国から東国に送り込まれたスパイで、妻のヨルは東国の殺し屋という設定です。東西ドイツも冷戦下では互いに諜報員を放ちあっており、水面下では激しい争いを行なっていました。スパイや殺し屋という設定は決して荒唐無稽な存在ではないのです。

 東ドイツは当時の東側諸国と同様に、政府が国を掌握するために厳しい統治を行なっていました。統治の最前線で活動したのが国内治安機関「シュタージ」であり、全国民のありとあらゆることを把握するためには一切の手段を選ばず、国民のなかにも自分の仲間や友人のことをシュタージに報告している人間が数多く存在していました。

 表面上は仲良く振る舞いながらも、いつ誰に「あいつが怪しい」と密告されるのかわからない恐怖におびえながらの生活が日常だったのです。ヨルは27歳で独身だと素性を怪しまれ殺し屋であることがバレると考え、偽装結婚を申し出ていますが、適齢期を超えて独身というだけで危険を感じるのも決しておかしな話ではありませんでした。そのヨルの弟であるユーリがシュタージをモデルとした国家保安局に在籍しているのは皮肉と言えるでしょう。

 経済面や工業面については、当初はさほどの差はなかったものの、時代が進むにつれ西側諸国に後れを取るようになります。その象徴ともいえるのが1958年に登場した軽自動車「トラバント」です。登場時点ではさほど遅れた自動車ではなかったものの、東側の計画経済化においては進歩とは無縁の状態で時代遅れの車両として生産が続けられました。監視社会において政府は国民が性能のいい自動車を保有することを嫌ったこともあり、結果として西側に比べ非常に性能が劣る車両を手に入れるのに、かなりの苦労をする状況となりました。『SPY×FAMILY』コミックス3巻の中扉絵ではアーニャたち3人が乗っている様子が描かれているだけでなく、作中のさまざまな場所にトラバントが登場しています。

 ただし、『SPY×FAMILY』のモデルとなったのはおそらく東ドイツだけではありません。アーニャが通う「イーデン校」のモデルはおそらくイギリスの「イートン校」であり、登場する街並みもおそらくイギリスがモチーフとなっています。『SPY×FAMILY』はあくまでも東西冷戦時代をベースにした作品でしかなく、当時の状況や世界を完全にトレースした作品ではないのです。

 しかしながら、単行本7巻でダミアンが取り巻きや先生と共に野外学習に行くシーンのラストでは、東国からピクニックと称して第三国経由で西に亡命している人間が増えていることが明かされています。これは1989年にハンガリーで行われ、1000人ほどの東ドイツ市民がオーストリア国境を越えて西ドイツへの亡命を果たした汎ヨーロッパ・ピクニックをモチーフとしたと思われます。

『SPY×FAMILY』の世界が今後どのような展開を迎えるのかは分かりませんが、少なくとも東国の崩壊の音が聞こえ始めたのは確かなようです。果たしてフォージャー家の3人はどのように生き抜いていくのか、楽しみにさせてもらおうと思います。

■参考文献
・著:アナ・ファンダー、訳:伊達淳 解説:船橋洋一『監視国家 東ドイツ秘密警察に引き裂かれた絆』(白水社)
・著:ウルリヒ・メーラート、訳:伊豆田俊輔『東ドイツ史』 (白水社)

(早川清一朗)

【画像】アニメで描かれる『SPY×FAMILY』の美麗な世界(5枚)

画像ギャラリー

1 2