『火垂るの墓』意地悪なおばさんは実在しない? でも高畑監督が「原作通り」に描いた理由
清太の甘さは百も承知。それでも原作通りに描いた高畑監督の真意とは?

『ジブリの教科書4 火垂るの墓』(文藝春秋)に掲載された、高畑監督と野坂さんの対談によると、行き場をなくした兄妹が追い詰められて死んで行く展開は、近松門左衛門などの心中ものを意識していたとのことでした。
また野坂さんは「ぼく自身が、ちょっと身につまされて書き切れなかったということがあるんです。書いてる内に、どうしても兄貴の方を美化して書いちゃうんですね。自分自身でできなかった部分をそこで補っちゃうというのがあって。ぼくは決して主人公のようには優しくはなかった」と語っています。
おばさんに意地悪されて節子の手をとって逃げ出す清太に関しても、野坂さんは「あの主人公は、戦時中の子どもとしては、どちらかというと、ごく甘ったれの子ども」と断定していました。
また、高畑監督は「おばさんにイヤ味を言われると、その屈辱に耐えないでパッとそこから身を引いて別の行動をとる。ガマンをしない」と清太の行動を批判しながら、「清太の気持ちは、むしろ、今の子どもたちの方がよくわかるんじゃないかと思うんです。あそこでガマンしなけりゃならんと思うのはぼくらの世代です」と、清太の行動は現代の子供たちの価値観に近いと言及していました。
1987年の記者発表用資料のなかでも、高畑監督は「もしいま、突然戦争がはじまり、日本が戦火に見舞われたら、両親を失った子供たちはどう生きるのだろか。大人たちは他人の子供たちにどう接するのだろうか。『火垂るの墓』の清太少年は、私には、まるで現代の少年がタイムスリップして、あの不幸な時代にまぎれこんでしまったように思えてならない」と述べています。
あえて現代の子どもと近い価値観を持つ少年を主人公にすることで、より戦争体験を身近に感じてもらう狙いがあったようです。
太平洋戦争を題材にした映画が昔より減っていくなか、公開から36年経った現在でも『火垂るの墓』が繰り返し放送されるのは、高畑監督の狙いが見事に視聴者に刺さり、新たなファンを増やしているからではないでしょうか。
(LUIS FIELD)

