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ゲーム機選びは未来への投票行為!? 懐かしのゲームーハード戦争を振り返る

家庭用ゲーム機市場は成熟し、任天堂とSONY、Microsoftの3社による寡占状態が続いています。しかしかつては多くの会社が参入し多様なゲーム機が覇権を競っていました。あの頃「ゲームハード戦争」はなぜあれほど熱かったのでしょうか。

2022年の世界家庭用ゲーム機市場は2.2兆円

ファミコンが現行機だった時代は、各社から実に様々な「家庭用ゲーム機」が発売されていた
ファミコンが現行機だった時代は、各社から実に様々な「家庭用ゲーム機」が発売されていた

 2024年現在の家庭用ゲーム機市場はおもに、PlayStation 5とニンテンドースイッチ、Xboxシリーズの3機種がしのぎを削り合っています。しかし昔は数多くのゲーム機が存在し、それぞれの機種のファンが優位性を誇示して熱い布教合戦を行っていました。

 この記事では、今ではほとんど忘れられかけている「ゲームハード戦争」を振り返り、現代の状況について考えてみます。

●始まりはファミコンとメガドライブではなかった

 ゲームハード戦争の「始まり」というと、任天堂の「ファミコン」こと「ファミリーコンピュータ」とセガの「メガドライブ」の覇権争いを思い起こす方が多いでしょう。どちらも世界中に普及し、多くの名作ソフトで知られています。

 しかし日本におけるゲームハード戦争はファミコン登場以前から始まっていました。1975年にエポックが発売した「テレビテニス」、任天堂の「テレビゲーム15」、トミーの「ぴゅう太」、タカラの「M5」、アメリカからやってきた「Atari」など、既に複数のゲーム機がしのぎを削っていたからです。

 その後、1983年にファミコンが登場し圧倒的な売れ行きを見せますが、シェア争いは終わりません。後継機である「スーパーファミコン」が登場するまでの間に、バンダイの「アルカディア」)や学研の「TVボーイ」、日本物産の「マイビジョン」、CASIOの「PV-1000」「同2000」、ツクダオリジナル「オセロマルチビジョン」、トミー「ぴゅう太マークII」、NEC「PCエンジン」、セガ「マークIII」「メガドライブ」、SNK「ネオジオ」等が任天堂の覇権に挑みました。

 日本における家庭用ゲーム機市場の黎明期にSONYの姿はありません。当時、SONYは任天堂と協力関係にあり、スーパーファミコン互換のCD-ROM一体型ゲーム機を開発していたからです。そのゲーム機は「PlayStation」との名前も付けられていましたが、計画は頓挫してしまいます。後に任天堂のゲーム機と激しい戦いを繰り広げるゲームハードは元々、スーパーファミコン互換機の名称だったのです。

 今からはとても想像できないほど多くのメーカーが家庭用ゲーム機市場に参入し、多種多様なゲーム機を開発していたことに驚かされます。バブル景気という時代の後押しもあり、チャレンジが許される時代だったことも無関係ではないでしょう。

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