大活躍だった『ウルトラマン』ホシノ少年 突如消えた理由には「らしさ」もあった?
科学特捜隊の日本支部にいたホシノ少年は、なぜ消えてしまったのでしょうか? 1966年『ウルトラマン』名物子役の降板理由とその後の消息を解説します。
このダンディな人は誰? ゲスト出演した際の変化に驚愕

『ウルトラマン』の登場人物は「科学特捜隊」の隊員たちを含め、みんなチャーミングで、どこか謎めいた雰囲気の持ち主ばかりです。そのなかでもとりわけ、立ち位置が謎めいていた人物といえば、「ホシノ・イサム」少年ではないでしょうか。
小学生ながら科学特捜隊の日本支部にほぼ自由に出入りし、ときに怪獣退治に貢献する活躍を見せました。では、科学特捜隊の誰かの親戚なのかと思えば、とくにそういう設定はなく、初登場の時点ですでに「ホシノくん」として科学特捜隊に受け入れられています。全くもって、謎なのです。
そして、ホシノ少年の最大の謎といえば、突然「物語から消えてしまった」ことでしょう。いったい、なぜなのか。まずはホシノ少年の活躍を振り返ります。
第3話では単身で怪獣「ネロンガ」の目玉を、「スパイダーショット」で攻撃、第6話では強盗に監禁されるも、見事なピッキングで脱出するなど、将来有望な活躍を見せ続けます。結果として第17話では、特別隊員として正式に科学特捜隊の制服を与えられるのでした。
その後もホシノ少年は、第18話で「ザラブ星人」に捕まった「ハヤタ隊員」を救出、第21話ではなんと失神してしまった「フジ隊員」に代わって、自分でビートルを操縦するのです。これはもう、ほとんど準主役クラスのポジションではないでしょうか。
第24話でも、「海底センター」に「ムラマツキャップ」とともに閉じ込められる最悪な状況のなか、パニックにならずその場にいた幼い少女を変な顔で笑わせる姿は、完全にプロフェッショナルです。
当時の少年少女からは羨望と嫉妬の眼差しを受けつつ、番組もクライマックスに向け、ホシノ少年はますますの活躍を見せてくれるはずでした。しかし、第25話以降、ホシノ少年は『ウルトラマン』に登場していません。
いったいどうしてなのか、当時から多くの憶測が飛び交っています。「病気」「失踪」「事故」、あるいは同年代の少年たちの「嫉妬」の声が酷かったためクビになった、などといううわさも広がりました。実際はどうだったかというと、やむなく「降板」したという経緯があります。
この経緯に関しては、ホシノ少年を演じた津沢彰秀さん本人が、複数のメディアで説明しています。それによれば、『ウルトラマン』の撮影が(ホシノ少年役は)お休みだったという1967年1月4日、津沢さんはお兄さんと人工スキー場「読売スキーセンター」に行き、そこで足を骨折しました。手術も必要な大怪我となり、実に2か月もの間、入院することになってしまったのです。
なお、津沢さんは全くのスキー初心者だったにも関わらず、最後に「中上級者コース」に挑戦した結果の怪我だったとのことで、どこかホシノ少年と同じ勇敢さと無鉄砲さを感じさせるエピソードです。
とはいえ、ご本人からすれば非常に悔しい事故でした。津沢さんは中高一貫校の受験を控えていた状態で、撮影を休んで療養を優先して受験には合格するものの、芸能活動の目処は立ちません。結果として学業と芸能活動の両立は困難であると判断し、やむなく芸能界をそのまま引退したのです。
この突然の「降板」に関して、フジ隊員役の桜井浩子さんがホストを務める動画チャンネル「ROCO TALK」にゲストとして出演した津沢さんは、「最後までやり切りたかった」と残念そうに話しています。
芸能界引退後、津沢さんは大手企業に就職し、それからときは流れて現在70歳です。いまも時折、ウルトラ関連のイベントなどに出演しています。
なお、「ROCO TALK」の出演回を観ていただければ分かる通り、その風貌は一見すると、ホシノ少年の面影を探すのが困難なくらいダンディになっています。ところが、いざ話し出すと、そのチャーミングな目元は変わっていません。そこには確かに、津沢さんと同時に年を経た「ホシノ少年」がいるのでした。
(片野)