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手塚治虫が『空気の底』で描いた、人間の愚かさ。復刻版に見る手塚短編の真髄とは

どのエピソードも「長編作品になり得る」素材を凝縮

『空気の底』オリジナル版(立東舎)第1話「ジョーを訪ねた男」の導入部。見開きのコマのなかにタイトルが書かれていた、雑誌掲載時の状態が再現されている
『空気の底』オリジナル版(立東舎)第1話「ジョーを訪ねた男」の導入部。見開きのコマのなかにタイトルが書かれていた、雑誌掲載時の状態が再現されている

ーー『空気の底』は、人間のダークサイドを描いた、いわゆる「黒手塚」作品とは違い、それほど暗い内容ではないという印象です。

飯田 『空気の底』執筆当時、手塚先生は会社の経営をはじめさまざまな事情が重なり、精神的にまいっていた時期でした。その時期の長期連載である『ダスト18』や『アラバスター』などはとても暗い作品で、「黒手塚」と言われたりするわけですが、『空気の底』はそこまで暗い作品ではありません。それは、短編作品だったからなんだと思います。

 長編連載では作者の心の状態が内容に反映されていきますが、短編は一気に描きあげることで、「黒」よりも「ストーリテラー」としての手塚治虫が前に出ているんです。連載していた「プレイコミック」は大人の娯楽雑誌という側面が強い印象でしたので、手塚先生はあまり制約のないなかで物語づくりを楽しんでおられたのではないでしょうか。「手塚治虫のすごさ」が短編で理解できるのが、『空気の底』という作品ではないかと考えています。

ーー特に手塚先生のすごさが感じられるのは、どんなところでしょうか?

 マンガは短編も長編も、構造的には個々のエピソードの連鎖からできていますので、そのエピソードの面白さがキモなわけです。手塚先生はそこが天才的で、発想の組み合わせや展開もそうですし、視点も、俯瞰で見たり一瞬でクローズアップしたりと自由自在です。

 それらを駆使して、毎回いろんな世界の人間模様をたった16ページにまとめ上げる。手塚先生自身が全集のあとがきで語っているように、どれもが長編になりうる素材が詰め込まれていて、その内容の濃密さに唸ってしまいますね。

ーー人間が社会の不条理に翻弄され、愚かな行為をしてしまうという『空気の底』の物語は、現在の日本で、新型肺炎への恐怖から身勝手な行動をしてしまう人びとの姿に通ずるものがあります。いま同作を手に取るとしたら、どのような読み方、楽しみ方ができるでしょうか?

飯田 人間というのは、時にいい人だったり、欲にまみれたり、ささいなことで感動したり、つまらないことで命を落としたり奪ったりですよね。手塚作品ではそんな人間を俯瞰して描いていると思うのですが、『空気の底』では人間の愚かさが最後に変化する展開があるんです。

「野獣と断崖」のように、人を殺すことをためらわない極悪人が、ラストでポンと変わってしまう、その変化で切なさを感じさせます。人間は善から悪、闇から光へと行ったり来たりする、それがドラマだと思います。『空気の底』は16ページという短さのなかで、そういう人間というものを観察する視点で見せてくれるので、読者にとっても、自分をかえりみる機会を与えてくれる作品になるのではと思います。

(マグミクス編集部)

※『空気の底 オリジナル版』(立東舎)は、雑誌掲載時の『空気の底』全14話に加え、「不条理短編集」として同年代・同傾向の短編4作品と、単行本未収録を含む1コママンガ10作品などを収録しています。

【画像】迫力満点! 手塚治虫『空気の底』で復活したタイトルページ (8枚)

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