宮崎駿監督が心酔していた『ゲド戦記』 なぜ映画版は自ら監督しなかったのか?
映画『ゲド戦記』は賛否両論を巻き起こしましたが、原作はまごうことなきファンタジーの傑作です。原作から多大な影響を受けた宮崎駿作品をひもといていきます。
『風の谷のナウシカ』の名物キャラに元ネタがあった!

アーシュラ・K・ル=グウィン氏の小説『ゲド戦記』は、ファンタジー作品の古典として知られており、世界中に熱烈なファンが存在します。宮崎駿監督もそのひとりです。全6巻のうち、最初の3巻が日本で刊行された1970年代後半に入手し、その後も繰り返し読んで心酔していたそうです。
宮崎監督は後にル=グウィン氏と対面したとき、「告白するが、自分の作ってきた作品は『ナウシカ』から『ハウル』に至るまですべて『ゲド戦記』の影響を受けている」と話した、と同席していた鈴木敏夫プロデューサーが語っています(「世界一早い『ゲド戦記』インタビュー完全版」スタジオジブリより)。そして、改めて小説『ゲド戦記』を読むと、宮崎監督作品のあちこちに影響を与えていたことが分かります。
特に『ゲド戦記』から影響が顕著に見られた作品が『風の谷のナウシカ』でした。作中に登場するキツネリスの「テト」は、『ゲド戦記』1巻「影との戦い」で「ハイタカ(ゲド)」が連れていた小動物「オタク(ヘグ)」にそっくりです。
「からだが小さいわりには横に広い顔と鋭く光る大きな目を持ち、全身はこげ茶かぶちの光沢のある毛でおおわれている。鋭い牙があって獰猛だから、人間のペットになることはめったにない」という記述からも、テトがオタクそっくりなことが伝わります。
また「ナウシカ」の師である「ユパ」は、『ゲド戦記』3巻「さいはての島へ」に登場する「アレン」の師であるゲドのイメージと重なります。「あらわになった顔は赤黒く、わし鼻で、片頬には古い傷跡が見えた。目は澄んでいて、眼光は鋭い。が、もの言いはおだやかだった」という記述は、どことなくユパを思い起こさせるものです。
そして『風の谷のナウシカ』全体を通して描かれた、光と影という両面を持つ人間が世界のなかでどう生きていくかというテーマは、『ゲド戦記』と宮崎監督の各作品に通底しています。
ほかにも『千と千尋の神隠し』での「千尋」の名前を奪う設定や、『ハウルの動く城』の「ハウル」が鳥に姿を変えるシーン、『君たちはどう生きるか』での描かれた「大伯父」が世界の均衡を取る様子なども『ゲド戦記』から影響されたものだと思われます。
宮崎監督の作品は、主人公とその周辺だけでなく、舞台となる土地の風物までくまなく描かれ、その場で生きる人たちも生き生きと描写されます。文化人類学に深い関心を持っていた宮崎監督らしいアプローチであり、それは高名な文化人類学者を両親に持つル=グウィン氏の『ゲド戦記』のなかでも同様でした。
宮崎監督はそれほどまでに『ゲド戦記』から影響を受けていましたが、ル=グウィン氏から映画化を持ちかけられたときには『ハウルの動く城』の制作の真っ最中でした。そこで鈴木プロデューサーから指名されたのが宮崎監督の長男、宮崎吾朗監督です。当初は吾朗さんの監督就任に反対していた宮崎監督ですが、鈴木プロデューサーとともにル=グウィン氏の自宅まで出向き、交渉の末、吾朗さんが監督することを納得してもらいました。
映画は「父殺し」などのオリジナル要素を盛り込んだ状態で完成します。完成した作品を観たル=グウィン氏は自身の公式サイトで「本の精神にまったく反する」「ほとんどが支離滅裂」「本だけでなく読者に対しても無礼」などと辛辣に評しました(現在は削除)。一方、試写会に訪れた宮崎監督は、上映の途中で退席してしまいます。
なお『ゲド戦記』には前向きな評価を与えなかった宮崎監督でしたが、吾朗監督による第二作『コクリコ坂から』には肯定的な評価を与えました。
(大山くまお)


