『マクロス』バルキリーも備える「可変翼」　そもそも飛行機で翼を動かすのはなぜ？

バルキリーの説得力にもつながる（？）「可変後退翼」

　1982年にTV放映されたアニメ『超時空要塞マクロス』に登場するVF-1「バルキリー」の雄姿は、以後の「リアルロボット」ジャンルの礎を築くひとつとなり、40年以上を経た今日においても、なお広範な支持を集め続けています。その精緻かつ斬新なメカニズムデザインにおいて、もっとも色濃く影響を与えた存在が、アメリカ海軍の艦上戦闘機、グラマンF-14「トムキャット」であることは、広く知られた事実です。

　バルキリーは、アニメという表現形式のもと、変形機構という大胆なフィクション性をまとい、航空機から人型、さらにその中間形態たる「ガウォーク」へと変形する特異な機構を備えています。そのデザインは、見る者に「これはまさにF-14の延長線上にある」と直感させる説得力を有しており、単なる創作の域を超えたリアリティを持っていました。F-14が備える「可変後退翼」の存在も、そのインスピレーション源となった重要な要素であるといえるかもしれません。

　ではその「可変後退翼」、なぜF-14はそのように複雑な機構を採用するに至ったのでしょうか。

　そもそもF-14が誕生した背景には、1960年代後半から70年代初頭にかけて、アメリカ海軍が直面していた技術的矛盾が横たわっていました。「艦隊防空戦闘機」として、敵爆撃機や対艦ミサイルを艦隊の外縁で迎撃するという使命を課せられたF-14は、音速を超える高速飛行能力と、空母への離着艦時に不可欠な低速域における高安定性という、相反する性能を同時に追求せねばならなかったのです。

　航空工学において、これら二律背反の要件を両立させることは極めて困難です。高速飛行を目指せば、翼は「後退角」を大きく取ることで音速飛行時に発生する「造波抵抗」を低減できますが、その代償として低速時の揚力を失い、着艦は著しく困難となります。一方、低速安定性を優先すれば、「直線翼」を採るべきですが、音速飛行時には過大な抵抗が生じてしまうのです

　この難題を見事に打開したのが、F-14に適用された「可変後退翼」でした（初の可変翼実用機はF-111「アードヴァーク」）。主翼は飛行状況に応じ、20度から68度のあいだで後退角を自在に変化させます。空母艦上での離着艦や空戦機動時には翼を広げ、安定性と揚力を確保し、高速巡航や迎撃任務時には翼を鋭く後退させ、マッハ2を超える高速性能を発揮したのです。

　しかし、この精緻な機構は、やがてF-14に重荷としてのしかかることとなります。可変翼は確かに理に適った解であったものの、その複雑さゆえ、整備に膨大な工数とコストを要求したのです。

　F-14と時を同じくして登場したアメリカ空軍のF-15は、固定式の後退翼により軽量化と信頼性を確保し、以後、幾度もの改良を経て、2025年現在に至ってもなお生産が継続されている一方、F-14は2006年、ついにアメリカ海軍の第一線から退役を余儀なくされました。その飛行性能は決して劣るものではありませんでしたが、整備性と経済性、そして時代の要請が、最終的な決断を下させたのです。

　今日、F-14はわずかにイラン空軍にその姿を留めるのみであり、世界の空からはその雄姿を消しつつあります。しかし、その「可変翼」に象徴される技術的精神は、VF-1「バルキリー」をはじめとする創作世界に脈々と息づいているといえるでしょう。アニメ、模型、そして『トップガン』のような映像作品に至るまで、その影響はなお色濃く残されています。

　可変翼という技術は、すでに航空機設計の主流ではありませんが、航空工学が抱えた矛盾に正面から挑み、飛翔せしめたF-14の姿勢は、今なおメカニズムに命を吹き込むすべての者にとって、計り知れぬ示唆を与え続けているのです。