えっ岡本太郎がデザインした特撮映画の元祖「宇宙人」がいる? 見てみたら「さすが」
芸術家の岡本太郎さんが宇宙人をデザインしたら? 実はウルトラシリーズより前に、彼が敵の宇宙人をデザインしたことがあったのです。
あまりにも岡本太郎的な「パイラ人」のデザイン

2025年の「大阪・関西万博」の開催で、芸術家の岡本太郎氏が改めて注目を集めています。
岡本氏といえば、1970年に開催された「大阪万博」のシンボルである「太陽の塔」の制作者としても、おなじみです。いまもなお、日本の芸術家といえば多くの方が彼を思い浮かべるほど、アイコニックな存在でした。
抜群の知名度と人気を誇った岡本氏のキャリアのなかで、意外にも「特撮映画」で宇宙人のデザインを担当したことがあるのをご存じでしょうか。それも、『ウルトラQ』『ウルトラマン』といったウルトラシリーズが開始される10年前にです。
それは『宇宙人東京に現わる』という、1956年に大映制作で公開された特撮映画に登場する宇宙人でした。本作は、日本初の本格的なカラー特撮映画ということで、相当に気合の入った作品でもあります。
どのような話か説明すると、地球に飛来した高い知能をもつ宇宙人「パイラ人」が、人類に対して「核使用」の危険性を忠告するとともに、巨大な天体が地球へ接近していることを知らせます。最終的に地球人は、パイラ人の手助けにより、この危機を間一髪のところで回避するのでした。
核兵器へのアンチテーゼと、異文化交流をテーマにした、まさに国際社会到来の予感に満ちた作品で、このパイラ人や、宇宙船のデザインを担当したのが、岡本太郎氏なのです。
公開当時、岡本氏は44歳で、新進気鋭の芸術家でした。まだ「お茶の間レベル」での人気を博す少し前ではありますが、すでに芸術家として高い評価を獲得しており、東京都の港区青山に自宅兼アトリエを構えるほどの成功を収めています。つまり、決して「駆け出し」として引き受けた仕事ではなかったのです。
その岡本氏がデザインしたパイラ人がどんな姿だったかというと、ヒトデ型の中央に巨大な目を描いた、それはもうかなり「岡本太郎的」なデザインでした。人類に友好的かつ高い知能を有している、という設定のパイラ人ですが、岡本太郎の手にかかると、このように大胆なデザインに仕上がるのです。見た目の抽象性の高さは、そのまま人類よりもはるかに高次元の存在であることを表しているようで、忘れようのないインパクトがありました。
このパイラ人から約10年後に、同じく芸術家の成田亨氏の手によって「ウルトラマン」「バルタン星人」「メフィラス星人」らが生み出されることになります。国産の宇宙人のデザインはその黎明期から、「芸術家」の仕事だったのです。
(片野)
