30周年の『テッカマンブレード』 「鬱アニメ」と言われながらも高評価だったワケ
「仮面の下の涙をぬぐえ…」

本作は物語開始時、謎の宇宙生命体ラダムの侵攻で始まります。そして、すべての謎を知るであろう主人公のDボウイは記憶喪失ということで、中盤まで敵ラダムに関して謎のまま進んでいきました。
その物語が動き出したのが中盤、Dボウイの妹であるミユキの登場からです。実はDボウイは記憶など失っておらず、自分への同情、他者を戦いに巻き込みたくないという理由から誰にも真実を話さなかったという理由が語られました。
それは、Dボウイこと相羽タカヤが家族と一緒に乗った宇宙船でラダムの先兵と遭遇した時のこと。乗組員すべてラダムのシステムに取り込まれ、無理やり肉体をテッカマンにされます。ラダムは寄生生命体で、他の知的生命体をテッカマンにし、その肉体をコントロールすることで繁殖する生物でした。
しかし、ラダムが肉体的に不適合と判断した生命体は途中で廃棄されて命を失います。廃棄対象となったタカヤの父は、ラダムに支配される前のタカヤを救出。人類を救うため、残った家族や仲間たちを殺すように言うと、宇宙船から脱出させました。
こうしてDボウイは兄・ケンゴことテッカマンオメガ、双子の弟・シンヤ、他の仲間たちを倒してでも、地球人類を救うという過酷な宿命を背負うことになります。そして、逃げ出してきたミユキもまた廃棄され、残る命はあとわずかだということを知らされました。
他のアニメ作品でも、身内の命と全人類の命を天秤にかける展開があります。本作はそれをより重く扱った作品でした。そして、Dボウイの決断の裏には、ラダムの支配を受けた人間はその呪縛から逃れられない。家族たちはラダムによってすでに殺されているのも同然……という悲壮な決意がありました。
物語の終盤に、「ブラスター化」というパワーアップで圧倒的な力を得るDボウイ。しかし、その代償にDボウイは変身するたびに記憶を失うという宿命を背負います。この時、Dボウイは思い出を失うことよりも、ラダムへの怒りと憎しみを忘れることを危惧して自宅を訪れるというエピソードがありました。ここで在りし日の弟シンヤの声を聞くというくだりは、筆者が強烈に心に残っている場面です。
そして、最終決戦ですべての記憶を失ったDボウイことテッカマンブレードは、それでもラダムへの怒りと憎しみだけで戦い抜き、長い戦いに終止符を打ちました。そして、残されたのは廃人となった凄惨な姿。その姿に「忘却はDボウイにだけ許された救い」と言うセリフで本作は幕を閉じます。
後期オープニング「永遠の孤独」の歌詞で「血まみれのこの指先止められるのは 何もかもが終わる時だけ狂った運命(ディスティニー)」とありました。すべてが終わり、悲しい過去を思い出すこともないDボウイの姿は、けっして救われないエンディングではないのでしょう。
そして、この凄惨なドラマを1年間描き切ったスタッフには敬意を表します。こんな凄惨なテーマを夕方の枠で1年間ブレずに製作するには並々ならぬ苦労があったことでしょう。その苦労が、本作を今でも語り継がれるような名作になった要因だと思います。
この他にも、本作が初主演作になった森川智之さんのマイクを壊すほどの熱演と、子安武人さんの徹底した悪役ぶりも本作の魅力のひとつ。また、大張正己さんの作画と小坂由美子さんの歌によるオープニングが、ファン以外からも傑作として評価されました。作画については今でいう「作画崩壊」と言われそうな部分も見られますが、そこを引いても本作は歴史に名を刻むほどの作品だと思います。
(加々美利治)




