『ウルトラセブン』最終話をBSで放映 特撮ドラマ史に残るダンとアンヌの名場面
ウルトラセブンが疲労困憊していた背後には…

ウルトラセブンは地球での戦いの日々に疲れ、故郷であるM78星雲に帰ることになります。セブンのこの状況は、「円谷プロ」企画文芸室の主任だった金城哲夫氏の当時の精神状態と重なるものがあります。
TBS系で『ウルトラQ』『ウルトラマン』、そして1967年10月に放送が始まった『ウルトラセブン』を連続して大ヒットさせてきた金城氏でしたが、『ウルトラセブン』のシリーズ後半となる1968年4月から、大人向けの特撮ドラマ『マイティジャック』をフジテレビ系でスタートさせていました。
「円谷プロ」の社運を賭けた1時間ドラマ『マイティジャック』だったのですが、視聴率は一桁台に低迷します。変身ヒーローの登場しない特撮ドラマは、視聴者の心をつかむことができませんでした。ウルトラセブンがインベーダーたちとの戦いに身も心も消耗したように、金城氏も視聴率戦争に神経をすり減らしていきます。
人間社会の闇を描いた『怪奇大作戦』(TBS系)の制作を終えた金城氏は「円谷プロ」を去り、故郷・沖縄へと帰ることになります。1975年に開催された「沖縄国際海洋博覧会」の開会式・閉会式の演出などを金城氏は担当しますが、海洋博の開催に懐疑的な地元漁師たちの反対の声にずいぶん悩んだそうです。
次第に金城氏は深酒するようになり、1976年2月22日に不慮の事故でなくなります。37歳という若さでした。
青春のはかなさを感じさせるピアノ演奏
ダンがアンヌに告白するシーンに流れるシューマンのピアノ協奏曲イ短調ですが、これはルーマニア出身の名ピアニストであるディヌ・リパッティの演奏によるものです。天才ピアニストとして知られるリパッティですが、彼もまた33歳という若さでその短い生涯を終えています。
リパッティの演奏には、青春の美しさ、激しさ、はかなさ、切実さが感じられます。劇中のダンとアンヌ、そして特撮ドラマのなかに夢や情熱を注ぎ込んだ金城氏ら当時のスタッフの想いとシンクロするかのように、ピアノ演奏がきらびやかに流れます。
「モロボシダンの名をかりて」という歌詞の一節が、『ウルトラセブン』の主題歌にはあります。ダンはウルトラセブンの仮の姿であり、また金城哲夫氏の理想の姿でもあったのではないでしょうか。ダンは地球人と宇宙人との板挟みになりながらも、懸命に闘い続けました。人類愛のみならず、この宇宙に生きとし生けるものへの慈しみが、『ウルトラセブン』の最終話からは感じることができます。
(長野辰次)