『千と千尋』の陰で… 庵野秀明監督と細田守監督の「ジブリ作品」が幻となったワケ
「ジブリ作品」を離れたあとに「快進撃」が

しかしプロデューサー交代後も、細田版『ハウル』の制作は難航しました。吉田玲子さんのシナリオは完成したものの、細田守監督による絵コンテはCパートまで進んだところで壁にぶつかり停滞。それでも2003年公開は発表済みだったため、絵コンテ完成を待たずに作画作業に突入します。宮崎駿監督作品では耳にしますが、従来のアニメーション制作とはかけ離れた工程です。
タイムリミットが迫るなか、慣れぬ出向先の、それでいて敬愛していたアニメスタジオでの異例の進行を背負わされた細田守監督のプレッシャーとは、いかなるものだったでしょうか。
また細田守監督は後にWEBアニメスタイルのインタビューで、『ハウル』の準備段階において当時スタジオジブリのスタッフが『千と千尋』の制作に駆られていたため、作画や美術などメインのスタッフを自ら声をかけて集めなければいけなかったと語っています。しかし自分にはプロデューサーとしての権限がなかったので、制作が中止された時になんの保証もできなかったのが辛かった……とも。
『千と千尋』の原画はスタジオジブリ社内が15人、社外・外注が22人の計37人。過去最大だった『もののけ姫』を10人も上回る大規模なもので、美術も社内班が大半を占めました。キャラクターデザインや作画監督などのメインスタッフを外部のアニメーター中心に編成していた『猫の恩返し』でさえ、後に作業を一時中断せざるを得なかったというほど、スタジオジブリは『千と千尋』に注力していたのです。
引き継いだ高橋望プロデューサーも、過去『海がきこえる』で一緒に仕事をした望月智充監督に助言を仰ぐなど事態の改善に務めましたが、現場の混乱をおさめることは叶わず、『千と千尋』の空前のロングランが続いていた2002年春頃には細田版『ハウル』の制作が頓挫し、スタッフは解散したといいます。
一方の『猫の恩返し』は、予定通り2002年に公開され、同年最高の興行収入となる64億6000万円を記録しました。前述の小冊子「熱風」のなかに高橋望プロデューサーの興味深い発言があります。
『猫の恩返し』は外部のスタッフが多数参加していることもあり、他のスタジオジブリ作品とはキャラクターや作画のニュアンスが異なる点を指摘した上で「鈴木さんは、それを承知の上で、全編をチェックしてジブリっぽく見える絵を抜き出して、それを使って宣伝していました(中略)その手腕はさすがだと思いました」と。
そして同年夏には宮崎駿監督の新作として『ハウル』の企画が再始動します。先に2001年公開の『千と千尋の神隠し』によって、スタジオジブリのブランド力は確固たるものとなったと書きましたが、当初新人演出家起用のための企画であった映画『ハウルの動く城』のこの変遷は、「スタジオジブリ作品=宮崎アニメ」というイメージの強化を象徴しているようにも感じます。
細田守監督は、その後東映アニメーションに復帰して2005年に『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を、フリーになって2006年には映画『時をかける少女』を監督します。
高橋望プロデューサーは、細田版『ハウル』の後、森田宏幸監督の新作やアーサー・ランサムさんの児童文学『ツバメ号とアマゾン号』のテレビシリーズ化などの新企画を立ち上げますが実現には至らず、奥田誠治プロデューサーの誘いで日本テレビに出向しました。
そして正社員となり、庵野秀明監督が「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズを制作するための会社(カラー)の設立に尽力し、『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』などの細田守監督作品にプロデューサーとして関わることになるのです。
『千と千尋の神隠し』の大成功の陰で庵野秀明監督と細田守監督、稀代の才能を持つふたりの「ジブリ作品」が頓挫してしまったのは残念ですが、当時の経験が、その後の両監督の活躍の糧となり、その独創性が発揮できているとすれば、日本のアニメ・特撮の世界にとっては喜ばしいことなのかもしれません。
【参考・引用文献】
『スタジオジブリ物語』鈴木敏夫責任編集(集英社)
『宮崎駿全書』叶精二(フィルムアート社)
「熱風」2023年5月号「薪を運ぶ人 もうひとつのスタジオジブリ物語」(株式会社スタジオジブリ)
MOVIE WALKER「庵野秀明が自身のキャリアを振り返る!【実写映画編】アニメで感じた限界と実写でしか撮れない映像とは?Part2」https://moviewalker.jp/news/article/51779/
WEBアニメスタイル「『ONE PIECE ―オマツリ男爵と秘密の島―』細田守インタビュー(2)」http://www.style.fm/as/13_special/mini_050816.shtml
(倉田雅弘)




