日本とアメリカのファミコンはかなり違った! 北米で大ヒット「NES」とは?
北米や欧州エリアで発売された「ファミコン」は、日本のものと大きくデザインが違い、名称も「Nintendo Entertainment System(NES)」というものでした。日本のファミコンと北米版ファミコンのNESの違いを見ていきます。
日本の「ファミコン」と大きく違う北米版

1983年に発売された「ファミリーコンピュータ」(以下、ファミコン)は、発売から40年以上経ったいまでも、当時遊んだファンが思い出を語り、世代でなくても復刻版がプレイされています。日本だけでなく、世界中で人気を博した、唯一無二の名家庭用ゲーム機といえるでしょう。
そのビジュアルといえば、多くの人が白と赤で構成された本体、赤と金色に配色されたコントローラーを想像するでしょう。しかし、北米や欧州で発売されたファミコンは日本のものと大きくデザインが違います。また、名称も「Nintendo Entertainment System(NES)」というものでした。日本版と、北米版ファミコン「NES」の違いを見ていきましょう。
NESが発売されたのは、日本版ファミコンが登場してから約2年後の1985年でした。日本版の本体、カセットよりもサイズが大きく、本体やコントローラーはグレーとブラックを基調とし、アクセントにレッドが使われた配色のデザインでした。
日本版と大きくデザインが違うのには理由がありました。北米にNESが上陸する以前、ゲーム市場が崩壊するという事態が起こっていたのです。アメリカのアタリ社が開発した家庭用ゲーム機「Atari2600」が爆発的なブームを起こしたものの、サードパーティーのソフトが粗製乱造されてしまいます。粗悪なソフトのまん延からユーザーが「Atari2600」から離れ始めるも、アタリ社は混乱を収めることができず、家庭用ゲーム機のブームが終焉に向かってしまいました。「アタリショック」と呼ばれる問題です。
任天堂は北米への進出にあたり、家庭用ゲーム機に対する悪い印象を払拭するため、ゲーム機を連想する名称を避けて「NES」と名付けました。また、「ゲーム機らしくない」デザインを狙ったのです。
そして、NES本体に加えて『ゴルフ』『ベースボール』『スパルタンX』といった、日本でもおなじみのソフトが立て続けに発売されました。結果的に北米でNESは受け入れられ、特に『スーパーマリオブラザーズ』は日本の市場を凌駕するセールスを記録しました。
また、北米エリアにしか出回っていないNES対応ソフトもあります。たとえば、日本国外で開発した初のNES用タイトルであるスキーゲーム『Slalom』(1987年/Nintendo)や、カーアクションゲーム『Spy Hunter』(1987年/Sunsoft)や、NESで最初のNFL公式ライセンスを取得したアメフトゲーム『NFL』(1989年/LJN)などが挙げられます。
数多く登場した日本未発売のソフトのなかで、任天堂が手を焼いたのが「ノーライセンスで発売されたソフト」です。そもそもNESにはコピー対策として、カセット内に「10NES」というロックチップが搭載されており、本体とカートリッジが合致しないと起動できない仕様です。
しかし、その網をかいくぐってノーライセンスソフトを開発したのが「テンゲン」というアメリカのゲームメーカーでした。たとえば1987年にテンゲンから発売された『Fantasy Zone』は、1986年にセガが稼働したアーケードゲームの移植版で、日本のサンソフトによる移植版とはグラフィックの色彩やゲーム内容などに違いがありました。見逃せなかった任天堂はテンゲンを提訴し、最終的には任天堂に有利な条件で両者が和解するという結果になりました。
また、「スーパーファミコン」の北米版も発売されました。名称は「Super Nintendo Entertainment System(SNES)」です。本体のデザインは、ソフト挿入口部分が日本版に比べてせり上がっていたり、ボタン部分は紫やグレーになっていたりと、NESと同様に、日本版と大きく違うデザインでした。
近年でも、NESの人気は衰えていません。2016年に、ミニサイズのファミコンに30タイトルのソフトが収録された「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」が発売されました。ミニファミコンのNES版「NES Classic Edition」も同時期に発売され、2024年現在はプレミア価格で取引されています。歴史を紐解くと、北米の家庭用ゲーム市場は、NESの登場が大いに貢献したことが分かります。
(LUIS FIELD)




