『エリア88』のような雇われパイロットって存在するの? ←するぞ 空飛ぶ傭兵の話
いわゆる「傭兵」という制度は大昔から存在するものの、従来はおもに地上戦力を担うものでした。昨今は航空の分野においても、『エリア88』に描かれたような「傭兵パイロット」が存在感を増してきているといいます。
「傭兵パイロット」が広まった背景は?

1980年代に連載された名作マンガ『エリア88』(作:新谷かおる)は、いまなお多くの軍用機ファンの心に鮮烈な印象を残す作品です。中東の架空国家「アスラン」を舞台に、傭兵パイロットたちが繰り広げる熾烈な空中戦、その背景に横たわる人間模様、それは一見、あくまでも虚構のなかのドラマにすぎないように見えます。しかし、現実世界に目を向ければ、驚くべきことに「金で雇われた戦闘機乗り」は実在しているのです。
「傭兵」という語は、伝統的には地上戦を担う兵士を指してきました。戦争の形態が変化するなかで、戦場の範囲は次第に空へと移り、やがて「空の傭兵」たちが歴史の表舞台に現れることとなります。彼らは主に民間軍事会社(PMC:Private Military Company)を通じて契約され、ある時は正規軍の補完戦力として、またある時はその対立勢力として戦場に姿を現します。
今日、航空戦力を提供する民間軍事会社の存在は、もはや珍しいものではありません。実際、日本国内の在日米軍基地にはアメリカを拠点とするATAC社が運用するホーカー「ハンター」戦闘機が展開しており、演習のサポート業務など、その活動は日常の光景のなかに静かに溶け込んでいます。
そうした「演習の支援役」にとどまらず、直接的に戦場へ赴く民間軍事会社も存在します。代表的な例がロシアの「ワグネル・グループ」です。彼らは地上戦力にとどまらず、紛争地域において航空戦力の提供も行っており、戦闘機やヘリコプターを用いた攻撃に従事しています。
このような構造が成立した背景には、冷戦終結にともなう地政学的な大転換があります。1991年、旧ソ連の崩壊は膨大な数の軍人と兵器を突如として「余剰」とし、多くの元軍人たちは職を失い、生計を立てる術を失いました。同様に行き場を失った戦闘機や輸送機が、容易に市場に流れ出します。その余剰資源に目をつけたのが、内戦と武力衝突が絶えなかったアフリカ諸国です。
1990年代以降、アフリカではロシアやウクライナから来た元空軍パイロットが、主にSu-25といった軍用機を携えて戦闘に参加した実例が記録されています。彼らは、正規の軍隊に属さぬまま、報酬のために飛び、命を賭けて戦った「空飛ぶ傭兵」でした。
民間軍事会社による航空戦力の提供が現実的な選択肢として成立している最大の理由は、空軍の創設と運用が極めて高コストかつ長期的な事業であるためです。現代において、戦闘機1機の価格はどんなに廉価なモデルでも数億円を下回ることはありません。加えて、戦闘機を自在に操れるパイロットを育成するには最低でも5年から10年の時間と相応の教育、訓練体制が必要となります。
さらに、整備士や航空管制官、兵站部門の人材確保、予備部品の供給網の整備、訓練空域の確保までを含めれば、空軍の運用はもはや国家的規模の総合産業であるといえます。そのため、特にインフラや資金に乏しい発展途上国にとっては、自前の空軍を持つことは非常に困難な挑戦となります。
こうした状況下で民間軍事会社は「即戦力」の空軍をパッケージ化して提供することで、需要を獲得しています。必要なときに、必要な分だけ。航空機の導入から運用、操縦士、整備体制、後方支援までを一括して委託できるこの仕組みは、国家主導の空軍構築とは対照的であるといえるでしょう。
「風間真」というキャラクターは、不本意な形で傭兵になったという経緯から「生きて帰ること」と「飛ぶこと」の間で葛藤し、自らの存在を空に投影していました。現実の傭兵パイロットたちもまた、生活の糧として、名誉を求めて、あるいはただ「飛びたい」という衝動に突き動かされ、戦場に身を投じているのです。
(関賢太郎)