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『ゴレンジャー』で衝撃だった「キレンジャーの死」 不可解だった再交代の真相は?

「死」も「降板」も知らなかった2代目キレンジャー

表紙に2代目キレンジャー、熊野大五郎が描かれる、「DVD 秘密戦隊ゴレンジャー Vol.12」(東映)
表紙に2代目キレンジャー、熊野大五郎が描かれる、「DVD 秘密戦隊ゴレンジャー Vol.12」(東映)

 2代目キレンジャー、熊野大五郎役の「だるま二郎」さんは、あるインタビューで、「台本で自分が死ぬことを知ってヘコんだ。なんも知らなかった」と、当時を振り返っています。俳優への配慮に欠けた感じもしますが、畠山さんの復帰が最初から決まっていれば、スタッフ側もだるまさんに事情を伝えていたと思います。つまり、畠山さんの復帰は後々に決まったのではないでしょうか。

 あくまで憶測ですが、そもそも『ゴレンジャー』は1976年秋、あるいは年内に終了の話が出ていたのかもしれません。それが翌1977年以降も継続が決まったため、人気者だった畠山さんを戻すことにした……とも考えられます。大岩の人気と直結しているかどうかは不明ですが、初代キレンジャー退場後の第57話で、視聴率は番組初の1ケタ台に落ちています。

 では、以上の他に、畠山さんが降板する理由はなかったのでしょうか? 実は、「キャストともめた説」があります。数年前、「ミドレンジャー」役の「伊藤幸雄」さんが、ブログで「大野剣友会の方とトラブルがあって辞めた」という内容のエピソードを載せていました。信ぴょう性は分かりません。

 関連するか分かりませんが、畠山さんが降板する第55話前後は、放送が1、2週空くなど不定期な時期があり、しかも第58話から第59話のあいだの2週は再放送(53話、54話)を挟んでいます。これには、単に制作進行が遅れたのか、裏側でトラブルがあったのか、勘ぐってしまいます。

 また、とても妙なのは、熊野キレンジャーが殉職した第67話から、番組の殺陣担当が「大野剣友会」から「JAC」に変更され、それと同時に畠山さんが復帰したことです。また臆測ですが「殺陣を変えるから復帰してくれ」という条件を飲んだ、なんてことがあったのでしょうか?

 平山亨プロデューサーは、第55話で畠山さんが降板することを試写会で見るまで知りませんでした。彼を気に入っていたため「機会があれば戻そうと思った」と自身の著書に書いています。もしかしたら、偉い人の一声で復帰になったのかもしれません。

 子供の頃から謎のままだった「キレンジャーの交代劇の真相」を、調べられる限り調べました。同じようにモヤモヤした思いを抱えていたみなさんも、区切りがつくきっかけになったでしょうか。

 なお畠山麦さんは、『ゴレンジャー』終了の翌年(1978年)に自ら命を絶っています。34歳の若さでした。

(玉城夏)

【画像】えっ、すげえスタイル こちらがヒロイン「モモレンジャー」変身前の姿です(5枚)

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玉城夏

特撮LOVEのライター。ウルトラマン、スペクトルマン、メカゴジラが好きです。

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