『もののけ姫』宮崎駿が考えた別タイトルは「ネットニュースじゃ書けない」? なぜ変わったのか
ジブリの代表作『もののけ姫』は、もうひとつ候補となるタイトルがありました。むしろ宮崎駿氏からしたら、本命だったのはそっちだったようです。
「せっ」って何?

アニメ映画『もののけ姫』(原作、脚本、監督:宮崎駿)は、まぎれもない傑作です。その壮大なスケール、生命の威厳と自然との共生を問う強烈なメッセージが、この『もののけ姫』というタイトルに集約されています。なんていさぎよく、そしておごかなタイトルでしょうか。
ただ、実は1995年の冬に宮崎駿氏はプロデューサーの鈴木敏夫氏のもとを訪れ、当時すでに『もののけ姫』で決まっていたタイトルを変更したいと言っていました。その時の鈴木氏の困惑ぶりは、想像に難くありません。宮崎氏が提案してきた新タイトルは、ここでは書けないものでした。
「ここ(ネットニュース)では書けない」とは、差別表現が含まれているとか、明らかな性的スラングをふくんでいるとか、そういう意味で「書けない」のではありません。実際に、少なくとも筆者のパソコンでは、表示することすらできないのです。いったい、どういうことでしょうか。
宮崎氏が提案してきたタイトルは、『アシタカせっ記』というものでした。「せっ」が、まるで変換できません。形を説明すると、旧字体の草冠(艸)の下に、「耳」がふたつ並んだ漢字があてられています。
「せっ記」という言葉の意味は「草木に埋もれながらも、人の耳から耳へと語り継がれてきた物語」といったものです。いったいどこからこんな言葉を拾ってきたのかと思えば、こちらは恐ろしいことに宮崎氏の造語というか、「せっ」の漢字まで創作、オリジナルだったのです。変換などされるはずがありません。
さて、困ったのは鈴木氏でした。プロデューサーとしては、分かりやすい『もののけ姫』でぜひ通したいところです。そこで、チャンスが巡ってきます。
当時、鈴木氏に一任されていた、情報解禁の日がやってきたのです。それは、1995年の12月22日、「金曜ロードショー」での『となりのトトロ』が放送された日のことで、鈴木氏はそこで賭けに出ました。ジブリの新作のタイトルは『もののけ姫』であると、その日、一気に世間に公表してしまったのです。
のちにこの事実を知った宮崎氏は、呆れながらも、それ以降は何も言わなくなりました。『アシタカせっ記』も、印象に残るタイトルではありますが、インパクトにおいては『もののけ姫』に軍配が上がるでしょう。
それに、映画がヒットすればするほど、各メディアで「せっ記」の漢字をどう表記するか、判断しなくてはなりません。現在、「アシタカせっ記」というタイトルは、劇中に流れる「メインテーマ」の名として残っており、その曲名表記は実際にブレが生じていました。
多くは本記事のように、「ひらがな」を交えて「せっ記」と表記しています。あるいは、代用文字として「聶」の漢字を用いているところもありました。出版物などではわざわざ専用の漢字を作って、それを打ち込んでいるものもあります。
いずれにせよ、これらは「曲名」なのでそう頻出するものではありません。しかし、仮にこれが映画の正式タイトルに決定となっていた場合、国内興行収入で歴代TOP10に入り、海外でも人気の傑作アニメ映画のタイトルが、正しく表記されないという事態が発生していたかもしれないのです。そういう意味においても、鈴木敏夫氏は素晴らしい仕事をしてくれました。
参考書籍:『ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの』(著:鈴木敏夫/岩波書店)
(片野)
