やたら特撮作品が多かった1996年 背後で起こっていたある業界の「激変」とは?
当時の世相を動かした? 業界に起こった「変革」

1996年当時の『ゼアス』や『ティガ』の製作には、「ウルトラマン生誕30周年記念作品」という側面がありました。いわばメモリアル作品です。これらが現在のウルトラマンシリーズへとつながる大きな要因のひとつといえるでしょう。
一方、当時はもうひとつの大きな動きがありました。それはゲーム業界の進出です。1994年にPlayStation(PS)とセガサターンが発売され、1996年にはNINTENDO 64が発売されるなど、ゲーム業界全体が活性化していた時期でした。
この流れで、セガが『シャンゼリオン』、カプコンが『ガイファード』のスポンサーとなります。特に『シャンゼリオン』はセガ自らが玩具展開を行い、久々にバンダイ以外でのヒーロー玩具が販売されました。『ガイファード』も元々カプコンの企画で、後にPSとサターンでゲームが発売されています。
こうしたゲーム業界の成長は、一般的な玩具にとっては驚異でした。今では理解しづらいかもしれませんが、翌1997年1月にセガとバンダイが合併し、「10月から『セガバンダイ』になる」と発表されていました。
しかし、この合併は5月に解消することとなりました。一説ではバンダイが1997年3月期決算で上場以来初の赤字見通しだったことが合併を考える要因でしたが、1996年11月にバンダイから販売された「たまごっち」が大きな社会現象となるほどのブームとなり、この追い風から合併解消となりました。
たまごっちも、普通の玩具というよりは電子ゲーム、すなわちゲームよりの商品です。そう考えると、当時の玩具業界で「ゲーム」にカテゴライズされる商品のシェアは相当なものだったといえるでしょう。
こうしたゲーム業界の追い風が、特撮作品にも多大な影響を与えたというわけです。もちろん特撮だけに限らず、他ジャンルのTV番組でもスポンサーになるなど、その勢いは大きなものでした。現在のようにゲーム会社が当たり前のようにTV番組のメインスポンサーとなるきっかけだったといえるでしょう。
さらに翌年となる1997年製作の『電磁戦隊メガレンジャー』にも、ゲーム要素は部分的に取り入れられていました。そういう意味ではゲーム業界が現在のような地位を築いたさきがけの時期だったのかもしれません。
(加々美利治)



