高畑勲監督が『火垂るの墓』で描いていた「戦争より恐ろしいもの」とは? 「全く人ごとではない…」
スタジオジブリ制作、高畑勲監督による劇場アニメ『火垂るの墓』が、2025年7月15日からNetflixで国内配信されます。戦時下の状況が子供たちの視点からリアルに描かれた悲劇的な物語ですが、高畑監督は「反戦アニメではない」と語っていました。戦争体験者であった高畑監督の言葉の真意を考察します。
かつては夏の恒例イベントだった、『火垂るの墓』TV放映

「どこが痛いの? いかんねぇ、お医者さん呼んで、注射してもらわな」
高畑勲監督の劇場アニメ『火垂るの墓』(1988年)で、4歳になる節子が兄・清太のことを心配するセリフです。神戸空襲によって節子は母親と実家を失いますが、唯一残された家族である清太に対し、母性的な愛情を最期まで見せています。
宮崎駿監督のファンタジーアニメ『となりのトトロ』(1988年)との2本立てで劇場公開された『火垂るの墓』は、1990年代から2000年代にかけては「終戦記念日」のある8月になると、「金曜ロードショー」(日本テレビ系)でたびたびオンエアされました。
2025年8月15日(金)の「金ロー」は終戦から80年になることから、高畑監督が亡くなった2018年以来となる『火垂るの墓』が7年ぶりに放映されます。また、Netflixでも7月15日(火)からは日本国内での配信が始まります。再び脚光を浴びている『火垂るの墓』の魅力と恐ろしさを改めて振り返ります。
空襲で九死に一生を得た少年時代の高畑監督
作家・野坂昭如氏の同名短編小説を原作にしたアニメ『火垂るの墓』は、高畑監督ならではのリアリティーあふれる演出で、多くの人の心に焼き付いています。神戸の街を焼き払う焼夷弾の雨、空襲後の焼死体の列、そして包帯で全身を覆われた母親との無言の再会……。
野坂氏の実体験をモチーフにした物語ですが、高畑監督も同じように少年期に空襲に遭遇しています。1945年6月24日未明、岡山空襲で高畑監督は実家を失い、燃え盛る岡山市内を夜通し走り回って、九死に一生を得ています。
当時の高畑監督は9歳でした。実家の二階で寝ていた高畑監督は空襲に気づくと裸足で逃げ出したそうです。ひとつ年上のお姉さんと一緒でした。焼夷弾の火力は凄まじく、防空壕に逃げ込んだ多くの人たちは、酸欠による窒息死や蒸し焼きになっています。
まさに、ザーザーと降る「火の雨」状態でした。一緒に逃げていたお姉さんは恐怖のあまりに失神して倒れてしまい、高畑監督は懸命に呼び起こしたそうです。明け方までなんとか逃げおおせ、空襲後に降る「黒い雨」にも遭遇しています。
リアルな空襲体験があったからこそ、あそこまで恐ろしい戦争描写が可能だったわけです。しかし、高畑監督は『火垂るの墓』は「反戦映画ではない」と繰り返し語っています。なぜでしょうか?


