何度も再放送された「名作少女アニメ」に起きた悲劇 まもなく「50周年」だが絶版・再放送なしの現実
原作者「排除」の根拠になった文書が…?

いがらしゆみこ氏は何をしたのか? 1995年に『キャンディ・キャンディ』のリメイクが企画されました。このときいがらし氏と水木氏は二次使用や商品化などについて著作権を使用する際に「双方の同意を必要とする」契約を結びましたが、諸事情あってリメイクは立ち消えとなってしまいます。
ここから、いがらし氏の「暴走」が始まりました。1997年には『キャンディ・キャンディ』の写真シール機(プリクラ)が登場。香港では翻訳版の出版が行われましたが、どちらも水木氏の同意を得ていませんでした。さらにいがらしゆみこ美術館をオープンし、数多くの商品を販売しましたが、著作権者として記載されていたのはいがらし氏のみであり、水木氏の名前は表記されていなかったのです。
なぜグッズを販売した企業は水木氏の名前を排除したのか。もとをたどると、それはいがらし氏が弁護士とともに作成した「ある報告書」に行き当たります。報告書の内容は水木氏の公式サイトで閲覧可能ですが、原作者としての水木氏の権利を完全にないがしろにする内容でした。グッズ作成の際に、『キャンディ・キャンディ』の絵を使用する際に水木氏の同意を得なくても違法ではない、とまで書かれているのです。
最終的にいがらし氏は水木氏が起こした訴訟に敗れ、逆にいがらし氏がグッズの製造会社から訴訟を起こされる顛末となりました。しかしその後もいがらし氏は自身の知名度や人脈を利用し権利を主張し、水木氏を貶め続けたのです。
いがらし氏の行為については、実はまだ全貌が明らかになっておりません。『キャンディ・キャンディ』関連のいがらし氏の不正行為とみられるものがあまりにも多すぎるためです。
筆者も当コラムの執筆を構想した際には、「50周年」を記念して復活への糸口を探れないかと考えていました。しかし調べれば調べるほど、もはやどうにもならない実態がわかり、「諦め」の気持ちが強くなりつつあります。
(早川清一朗)

