「爆弾は当たらない」と自負した「雪風」艦長…映画と史実の違いから見える「普通の国民」の姿とは?
竹内豊さん演じる寺澤艦長は、史実の姿とまるで別人です。幸運な艦長や豪傑な艦長像をあえて変えてまで、映画が描こうとしたものとは?
実在の艦長は大柄で豪胆な人物だった?

現在公開中の映画『雪風 YUKIKAZE』で、竹内豊さんが演じる寺澤艦長は、次々と同期を失い、戦争の行く末を憂いて苦悩する人物として描かれています。しかし史実における「雪風」艦長はまったく異なる人物像でした。
映画ではどのように脚色されたのでしょうか?
開戦から終戦まで、雪風には4人の艦長がいました。そのなかでも『雪風 YUKIKAZE』の寺澤艦長のモチーフと思われるのが4代目の寺内正道艦長です。
寺内艦長は竹内豊さんとは真逆ともいえる風貌の人物です。柔道4段の猛者で丸顔に太い首、体重およそ90kgのがっしりした体格。八の字の口ひげを蓄えており、酒豪としても知られています。海軍と聞いてイメージする、端正なスマートさからはかけ離れていると言えるでしょう。外見だけを比較するなら『ゴジラ-1.0』で雪風艦長を演じた田中美央さんと似ています。
艦橋から身を乗り出して三角定規を使って爆撃機との距離と角度を測り、操舵手の肩を蹴って指示を出したという逸話は寺内艦長のもので、映画『雪風 YUKIKAZE』に取り入れられています。
寺内艦長だけでなく、その前任である菅間良吉艦長の逸話も伝わっています。菅間艦長は着任のスピーチで「雪風は強運の艦だと噂に聞いている」「この私自身も爆弾が当たらない強運人だと自負している」と述べたとのことです。
こうしてみると雪風のイメージはだいぶ変わって見えます。文字通り爆弾が当たらない艦長の幸運艦から、豪傑の艦長に率いられ、多くの戦場を駆け巡った不沈艦といった具合です。
なぜ脚色されたか? 雪風に何を見るのか?

映画『雪風 YUKIKAZE』があえて史実の艦長を描かず、苦悩する寺内艦長を描いたのには大きな理由があると思われます。
理由のひとつは、映画の物語に一貫性を持たせるためです。艦長交代の史実をそのまま描くと、視点がぶれてしまいます。劣勢の日本海軍を描くなかでは、たとえ史実であっても強気の幸運艦長や豪傑な艦長像は明らかにそぐいません。
現実では艦長のパーソナリティが世相を反映することはありませんが、映画は違います。寺内艦長は戦時中に「敗戦」という少し先の未来が見えていた日本人のシンボルなのです。次々と仲間が戦死し、未来が暗く見えても、現場では戦わねばならない。その苦悩は、単なる軍務の重さを超えて「国全体の閉塞感」を背負っています。
本作には史実と演出が違う、登場人物のパーソナリティが現代人っぽいという批判の声も聞こえますが、それは映画の描きたいものが違うせいではないでしょうか。明らかに映画『雪風 YUKIKAZE』は戦記ではありません。駆逐艦雪風と艦長、その乗組員の姿を通じて日本を描こうとしたように思えます。
戦中から戦後まで役割を変えながら生き延びた小さな艦、雪風には、苦難を耐え抜いた「普通の国民」の姿が重なります。だからこそ、映画の寺澤艦長は史実とは異なっても、観客が自分自身を投影できる存在として描かれたのです。
(レトロ@長谷部 耕平)
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