【シャーマンキング30周年への情熱(53)】ルドセブらの復讐劇がもたらした成長とは?
チョコラブが得た「成長」とは?

では次に、チョコラブの成長について掘り下げます。
死んだ魂はグレート・スピリッツに還ります。そこには心のあり方が似ていた魂の集うコミューンが無数にありますが、そのなかで最悪級なのが、心に闇を抱えた魂が集まる「地獄」コミューンです。
本来、魂の移動は自由ですが、誰もが「自分はここがふさわしい」という思い込みに縛られ困難であると知ったチョコラブは、死より怖いのは地獄から抜け出せないことだと感じます。
これは死を経験した先にある理解なので私たちには実感が難しい上、生き返ったチョコラブは、自分はミュンツァーを殺したがそれがどうしたと開き直っているため、さらに伝わりづらいでしょうが、彼の言動全体をとらえると見えてくるかもしれません。
チョコラブの目的は、自分を蘇生させるほど大切に思ってくれている仲間が、人殺しの自分をどうするのか判断を委ねることと、殺されたことに気付かず怨霊のようにこの世に留まり続けているミュンツァー博士の魂を解放することです。
ゴーレムはシャーマンファイトのために創られたので、そのためには戦う必要がありました。いくつかの試合程度で彼が満足していないことは明らかです。そこでシャーマンファイトの本質だとゴルドバ様も言っていた、命賭けの場外乱闘を申し込んだのです。
チョコラブは、死に勝る恐怖を克服するには心の闇を晴らす必要があると考え「罪をさらけ出し裁かれた結果を受け入れること」や「欲望を満足させ負の感情による執着をやめること」でそれが叶うと信じました。開き直った言葉は目的達成のためにミュンツァー博士を戦う気にさせるアオリ文句だと考えるのが妥当でしょう。
なおチョコラブは意図的に視覚を失いました。人間は情報の8割を視覚から得ています。ましてチョコラブのオーバーソウルは、手足や顔面にミックを憑依させジャガーになりきることなので、視覚を失うと満足に戦えません。
しかしこれを「償いにはならない」と思う人がいるかもしれません。その通りです。これは償いではなくルドセブとセイラームを笑わせる方法を探る手段のひとつに過ぎません。特にセイラームが笑う方法は不明なのでさまざまなことを積み重ねるしかなく、結果が出たときに初めてそれまでの行為が償いになるのです。逆に結果が出なければ、どれだけ犠牲を払っても無意味です。
チョコラブが死から得た成長の本質は考えさせられるものだと筆者は思います。この機会にご自身でも深掘りしてみてはいかがでしょうか?
それでは今回はこの辺で。また次回よろしくお願いします!
(タシロハヤト)




