横山光輝『三国志』は例外なのか? 「張飛」の描き方、今のイメージと大きく異なるワケ
横山光輝先生の『三国志』(以下、横山『三国志』)は、日本における三国志ブームの草分け的存在で、そのキャラクター像は多くの作品に影響を与えてきました。しかしそのなかで張飛は数少ない例外です。横山『三国志』とその後の三国志作品とでは、張飛の人物像に大きな違いが見られるのです。いったいどういうことなのでしょうか。
むしろこっちが「異色」の描かれ方?

三国志マンガの古典として、世代をこえて読みつがれている横山光輝『三国志』は、劉備玄徳を中心に多くの武将が登場する群雄伝です。一介の行商人に過ぎなかった劉備が張飛や関羽と出会い、ついには蜀の皇帝へと上りつめる英雄譚でもあります。
そのスタート地点で大きな役割を果たしたのが張飛です。横山『三国志』の張飛は、精悍な顔つきの長身の豪傑として描かれています。大酒飲みで直情型なのが玉にキズですが、しかし彼がいなければ、劉備が歴史の表舞台に登場することはなかったでしょう。
一方で『蒼天航路』やコーエーの『三國志』シリーズ『パリピ孔明』など、近年の三国志作品の張飛は丸顔に虎ひげで、ずんぐりむっくりした体格で描かれています。
また「酒で失敗」するコミカルなイメージが根強く、横浜市交通局の飲酒運転防止キャンペーンでは「心配するな兄者! 酒はほどほどに、だろ」と、張飛が啓発ポスターに登場したほどです。
なぜ日本における三国志の原点ともいえる横山『三国志』から、これほど異なる張飛像が一般化したのでしょうか?
実は、中国における張飛のイメージは、横山版よりも後の作品に近い「虎髭の樽型体型の豪傑」「酒で失敗するけれど憎めない男」といったものです。横山『三国志』のような長身の精悍なタイプではありません。
同様のケースとして、董卓(とうたく)の外見も挙げられます。横山『三国志』では普通の体格として描かれていましたが、史実では肥満体だったとされ、遺体のへそにロウソクを立てたら数日間燃え続けた──という逸話もあるほど。現在の作品ではそのイメージが主流です。
横山先生の『三国志』は、日中国交正常化前という時代に描かれており、当時は本格的な中国資料を入手しづらい状況でした(コミックス最終巻のあとがきに言及あり)。そのため、現地で伝統的に語り継がれてきたビジュアルや逸話を取り込めなかった可能性があります。
もし資料が揃っていれば一部のキャラクターのイメージが大きく変化していたかもしれません。
人物のイメージがブレる最大の理由とは?
張飛の描かれ方が作品ごとに異なる最大の理由は『三国志』という題材自体が「史実」と「創作」が混在したものだからです。
そもそも、正史(陳寿の『三国志』)には「張飛が酒好きだった」という記述は存在しません。この属性は後世の小説『三国志演義』が生み出したフィクションです。つまり、私たちが「当然のように知っている」張飛の性格や外見には、すでに多くの創作要素が含まれているのです。
その創作要素をうまく取り入れたゲームとして横スクロールアクションゲーム『天地を喰らうII』が有名です。同作で操作できる張飛の得意技はなんと「スクリューパイルドライバー」。もちろん張飛がスクリューパイルドライバーのような技で敵をなぎ倒していたという歴史的事実や伝承はどこにもありません。
こうした大胆なアレンジは『三国志』という題材の懐の深さを物語っています。あなたの記憶のなかの張飛はどのような張飛ですか。ぜひいろいろな三国志作品に触れて、お気に入りの「張飛」を探してみてください。
(レトロ@長谷部 耕平)



